ちょっと一息(2)・・・・後藤又兵衛マカリ来シテ、長政ニ謝ス

2009 年 9 月 9 日

(子)

「太兵衛のヤツもあんなところで父上に余計なことを・・・・。」

(??)

「何を落ち込まれているのです・・・・?」

(子)

「何者だ?」

(??)

「殿、私を覚えておいでですかな?」

(GUEST)

後藤又兵衛・・・・1560~1615年。安土桃山時代~江戸時代初期の武将。黒田八虎の一人。「又兵衛」は通称で、正式には「後藤基次」。黒田官兵衛・長政父子には播磨国時代から仕える。特に黒田長政とは兄弟同然に育てられたと伝えられ、共に武勇に秀でた長政・又兵衛のコンビは九州平定戦・朝鮮半島侵攻・関ヶ原の戦い等の戦場を疾駆し、筑前国黒田家52万石の基礎を築いたといえる。しかし、日増しに高まる又兵衛の武勇と名声、更には主君長政に対しても歯に衣着せず直言する態度が原因で長政との間には次第に亀裂が生じてしまう。後藤又兵衛は最終的に黒田家を去り、大坂城の豊臣秀頼に仕えて大坂夏の陣で戦死してしまうが、黒田家の武将を語る際には母里太兵衛と並んで欠かせぬ人物である。以下、(又)と表記。

(子)

「皆様、この者は後藤又兵衛と申しまして、我が黒田家の精鋭・黒田八虎の一人でありながら黒田家を勝手に去り、豊前国・細川家、播磨国・池田家へと次々に身を寄せ、最後には大坂の陣で豊臣方に付いてしまった不忠者なのです。・・・・いっそこのまま斬り捨ててくれるわ!」

(又)

「はは、相変わらず殿は気が短い・・・・。しかし、今日の私は、殿が福岡の町の案内役を仰せつかったとお聞きし、殿の応援にやって参ったのでございますぞ。」

(子)

「・・・・?それならば、お役目の手前、仕方あるまい。しかし、その前に聞いておかねばならないことがあるぞ!」

(又)

「何でございます?」

(子)

「何故黒田家を去ったのだ?」

(又)

「ハハッ。私への殿の仕打ちが酷かったからです。些細な不手際を理由に我が長男を改易(解雇)し、三男には猿楽の伴奏役という武士としては不名誉な役目を命じられる。朝鮮半島の戦においては、馬小屋に入り込んだ虎を単身で斬り倒した私に、『一軍の将のすることではない』と叱って皆の前で笑いものにする・・・・。」

(子)

「だまれ!又兵衛もオレが朝鮮軍の大将との一騎討ちで負けそうになった時に助けてくれなかったし、関ヶ原の戦いの先陣争いでは、せっかく敵軍を発見したのに又兵衛が『あれは雑兵』とウソをついたせいで先を越されたんだぞ!」

(??)

「これこれ、長政。あまり熱くなるでない。又兵衛も言いたいことがあるなら、あまり長政を怒らせるな。」

(子・又)

「父上?」「大殿?」

(父)

「長政よ。今回はワシから問題じゃ。長政が又兵衛に守らせていた益富城と国境を接していた大名は誰かのう?黒田家を離れた又兵衛が真っ先に頼った大名は誰かのう?『大名が国替えする際には、その年の年貢は新領主に残していく』という慣例を我が黒田家が破った為に長政を恨んでいる大名は誰かのう?」

(子)

「細川忠興でございますか?」

(父)

「そうじゃ。戦国の慣わしでは、隣国の大名との交渉は国境を守る城の大将の役目のはず。長政と細川忠興の板ばさみで、又兵衛は相当辛かったはずじゃぞ。」

(子)

「しかし、ならば細川家との勝手な交流を禁止するという主君の命令に従えば良いだけのこと。何の問題もございますまい。」

(又)

「・・・・。」

(父)

「そこよ。国境を守る城の大将が他国との外交を取り仕切る戦国時代から、大名の一元的な外交管理を行う平和な時代へと大きくシフトしたのじゃ。それは、『高い役職と広い領地を与えられた大身の家臣が大名家を支える時代』から、『主君の一元的な指揮の下に行政に秀でた官僚が大名家を支える時代』への変化といっても良い。その一方で又兵衛は確かに黒田家の家臣ではあるが、関ヶ原の戦いでは居並ぶ大名衆を前に発言出来る程の名士なのじゃ。又兵衛自身の家来衆も抱えており、その点は普通の大名と変わらぬ。」

(子)

「・・・・。」

(父)

「そんな名士が今更一官僚として生きていくのは決して楽ではない。要は黒田家が大きくなるに従って、又兵衛の存在も大きくなり過ぎ、又兵衛自身がいち早くそのことに気付いておったのじゃ。長政への恨みが鬱積していたのであれば、又兵衛は益富城に立て籠もって一戦挑んでおるわ。でも、そうはしなかった。自身の存在が大切な相手を苦しめる、或いは成長を邪魔している・・・・。人にとってこれ程辛いことはないぞ。そして、又兵衛にとって大切な相手とは主君である長政だったのじゃ・・・・。」

(又)

「流石は大殿。恐れ入りました・・・・。その通りでございます。」

(子)

「私は又兵衛のことを恨んで刺客まで放ってしまいました。又兵衛、本当にすまぬ・・・・。うう・・・・。」

(父)

「じゃが、又兵衛ももっと素直になるべきであったと思うぞ。実はのう、又兵衛を召抱える際にワシは随分悩んだのじゃ。後藤家の一族には、昔ワシを地下牢に閉じ込めた荒木村重に仕えていた者もいたし・・・・。しかし、その時この長政が又兵衛を是非召抱えてくれと泣きついたのじゃ。その言葉通り、長政は又兵衛を頼りとしつつも自分自身を磨き、少しでも又兵衛の主君として相応しい人物になろうと人知れず努力したはずじゃ。」

(又)

「殿・・・・。申し訳ございませんでした・・・・。」

(父)

「又兵衛よ、今回の我等のお役目はまだまだ続く・・・・。次は大坂の陣の話でもしてくれぬか?そなた程、あの戦を間近で見たものはおらぬはずゆえ。」

(又)

「承知致しました。」

(子)

「きっとだぞ・・・・。」

[続く]